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和宮の素顔
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田渕篤姫では和宮をどう描くかが篤姫のみどころの一つですが、今日も和宮のいい話を。


長州征伐の家茂に宛てた和宮の手紙には、

「一旦、徳川家に嫁いだ以上は、徳川氏の為に生命をすてる。お還りの早いことは、一日千秋の思ひでお待ち申すが、国のため速かに凱旋があるやうに」(海舟語録より)


という内容の決意が書かれていたようです。

【大河ドラマ出演期待度 80】
海舟が語った明治時代に、朝廷の親族である和宮を悪くいうことも出来たのかどうかはわかりませんが、とにかくカッコいい台詞なので、イケメン堀北真希さんにもキメてほしいと思います。
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家茂公ご乱心騒ぎも“事件性はない”とのことで沈静化しそうということで、きらり旅でも徳川家茂公の副葬品にまつわる話でも紹介して鎮静化したいと思います。

第14代将軍徳川家茂公のお墓の発掘調査で、家茂公が第2次長州征伐中の大阪城で亡くなった際に和宮が届けさせたと伝わるのと同じ黒髪が棺の中で発見されました。

(前略)なお各種の副葬品に混って1束の頭髪が発見された。記録では、和宮は家茂死去の報に接すると、自らの黒髪を切り急使をもって送り届けたというが、果たして彼女の頭髪であろうか。
(鈴木 尚『骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと』)



今であればDNA調査とかで和宮の髪なのかどうなのかはっきりさせることも可能かもしれませんが、断定しなかったところが美しいと思いました。

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【大河ドラマ出演期待度 80】
泣かずにはいられないシーン。篤姫も伝え聞いてそっと涙。
昨日は和宮最後の話だったので、婚礼の時のエピソードを。

問、公方様と和宮様との間はどうでした。
答、お中は悪いことはございませんでしたが、ご婚礼の時に鏡を懐にしておられましたのを、懐剣を持っておいでになったなぞと申す取沙汰を致しましたが、そんなことはございませぬ。(三田村鳶魚『御殿女中の研究』)


ここでいう公方様は将軍家茂公です。江戸学の三田村鳶魚氏が天璋院篤姫附きの御中臈だったませ子さんに直接聞いた貴重な証言。でも結局、お中の話から、懐剣疑惑の話にそれてしまい、「悪いことはございませんでしたが」につづく明確な言葉がないのが残念です。そのまま読むと、「悪いことはございませんでしたが」→「特に良くもありませんでした。」と極々普通の夫婦だったのかもという気もしますが。

原作からして普通に考えれば、「仲悪い→誤解が解ける→仲良くなる」というハッピーパターンでもってくるところですが、ライバル「大奥」に対抗して、「懐剣による家茂暗殺計画失敗→誤解が誤解を産み→更に仲悪く→明治政府と側近により死後事実をもみ消され→湿板写真の小道具まで用意して偽装工作・・・」と火曜サスペンス風な展開でも私はOKです。ただ一般の方からは苦情が来ると思うので絶対この脚本は無いと思います。

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【大河ドラマ出演期待度 50】
~和宮のこのエピソード、私はとても好き~


昭和33年、和宮のお墓が改葬されることになり、学術調査が行われたときのこと、

唯一の副葬品として、遺体の両前腕の間に、土にまみれた1枚のガラス板が発見されたが、当初これを重視する者のいないまま、研究分担者が研究室に持ち帰り、整理のために電灯の光にすかして見たところ、これが湿板写真で、それには長袴の直垂に立鳥帽子をつけた若い男子の姿が見えた。(鈴木 尚『骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと』)


和宮はきっと愛する人の写真を手に持って眠っていたのだと思います。そう思わせてください。(もし、本人の意思とは無関係に侍女がこんな出来事を想定してお棺のなかに入れておいたとしても・・・)
一部には、写真の主は徳川家茂公ではなく、元婚約者の有栖川宮熾仁親王ではという説もありますが、それはいくらなんでもひどいでしょう。やっぱり徳川家茂公以外には考えられない。

なんか願望ばかりが先行した紹介になってしまいましたが、なぜ写真の主がはっきりしないのか?それが最後のオチ、

ところが翌日、研究室で再度のぞいて見たところ、写真の膜面が消え、ただのガラス板になってしまっていた。(同上)


そうなんです、分析する前に消えてしまったんです。そこが、ミステリアスでいい感じでもありますが・・・。でもこのエピソードは伝聞に伝聞を重ねた結果なのか、話がちょっとかわってしまい、正装の男性の姿が浮かんだがスッと消えてしまったように描かれている本も見受けられましたが、おそらく史実としては鈴木尚氏の話が本当でしょう。

ではここで、まだ夏休みの課題を決めていない人のために、ミッションを提供します。

「なぜ、和宮の持っていた湿板写真は翌日消えてしまったのか」


湿板写真は、ガラス板に感光膜としてコロジオン(Collodion)を塗布して撮影する写真のようですが、なぜ、何十年もお墓の中で消えていなかったのにどうして?

1.空気に触れたから
2.強い光に当てたため
3.人目に触れると自然消滅する仕掛け

もしどうしてもわからなかったら、ラボラボでんじろう先生に聞いてみよう。

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【大河ドラマ出演期待度 -10】
エピソードとしては素敵なんですが、亡骸に写真を添えるシーンなんかが放送されたらきっと泣いてしまうので映像は希望しません。
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